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特集 第19回 新芽を育む

伸びる力と伸ばす力。

 

NYKNews Vol.19(2010年5月掲載)

 

私は中学生の頃、吹奏楽部でした。
近隣の町に全国大会連続出場の強豪校がありましたが、その顧問の先生が私の入学と同時に赴任してきて、私たちの吹奏楽部は、翌年には県代表として地方大会に出場するまでになりました。

 

中学校の吹奏楽部といいますと、ほとんどの生徒が未経験者。入学して初めて触るどころか、見るのも初めてという楽器を演奏するのです。その指導にあたるのは、たったひとりの顧問の先生と、各パートの先輩たち。
おそらく中学生の素質は、いずれの学校も変わりはないはず。それを開花させ、聴く人に感動さえ与えるハーモニーを生み出すのは、やはり指導者の力だと、今改めて思います。

 

私たちの練習には日曜日も夏休みもありませんでしたが、体力作りのトレーニングもなければ、悔しくて涙を流すなどということもなく、ただただ楽しいばかりでした。
今思いますと、顧問の先生自身が「三度のメシより部活が好き」(先生も全く休みがないわけですから)なことに加え、先生の耳が素晴らしく良かったということでしょうか。

 

木管・金管・打楽器は、ピアノのように「ド」を叩けば正確な「ド」が鳴るわけではなく、自分で一音一音耳で確かめ、正しく奏でなければなりません。それが一人でも、そしてほんのわずかでもハズレていると、不協和音になってしまいます。
先生は何十人もの音を聴き分け「○○、□の音を半音の十分の一(ごくごくわずか)上げて」と的確に指導するのです。
そうして、楽器を持って一~三年の生徒ばかりの、しかし、そうとはまるで思えない演奏に仕上がっていくのでした。

 

ところで、こんなことがありました。
先生が出張か何かの折り、各々つい練習を怠けたのでしょう。音を合わせたとたん、それが先生の耳には明らかだったとみえ、先生は演奏を中断させると、諭すように静かに話し始めました。
「いいか~。やったのと、やらなかったのでは…」と、ここまで言ったところで先生は言葉に詰まり、ややあって「やったのと、やらなかったのだけ違う」と続けると、照れたように苦笑い。それまでシュンとして聞いていた部員たちもドッと笑い、階段教室が笑顔に包まれました。
私も思わず笑いましたが、その言葉は、先生の伝えたかった思いとともに、私の心に深く刻まれました。

 

子どもが中学生となった今、指導者に恵まれるということが、どんなに幸運なことなのかよくわかります。
良い指導者に出逢い、育まれ、そして、後進を導く良き指導者になる…。

 

新年度がスタートしました。素晴らしい出逢いが沢山ありますように。

 

特集 第20回 いい仕事

つくる人から使う人へ。
「いい仕事」の生命力。

 

NYKNews Vol.20(2010年7月掲載)

 

ずっと探していた耳かきが、ひょっこり出てきました。
それは十数年前、旅先で偶然出会ったもの。全長十センチほどで手の収まりもよく、耳をかく部分の丸みが美しい。
耳かきとしては、買うのをためらうほど値の張るものでしたが、その手になじむ感触と、芸術的ともいえるフォルムに惹かれて購入したのでした。
しばらく愛用していたのですが、置き忘れたのか姿が見えなくなり、それからまた別のものを使っていました。しかし、痛かったり先が割れてしまったり…。
ところが、久しぶりに手元に戻った耳かきをそっと耳に当ててみましたら、その当たりのなんとも柔らかいこと!耳かきがこんなに優しいものだったなんて!
その仕事に感動さえ覚えました。

 

ひとつひとつ職人さんの手づくりなのでしょうか。
材質にこだわり、手間ひまかけてつくられた確かなもの。
つくる人の、つくるものに対する愛情と、使う人に対する思いさえも伝わってくるようです。

 

そういえば、前にも同じようなことがあったなと思い出しました。
それは、私がまだつま先の尖った、ヒールの高い靴でカツカツ歩いていた頃。靴屋さんでパンプスを試していた私の視界に、コロンとした可愛い靴が飛び込んできました。
先の丸いペタンコの革のウォーキングシューズ。えんじがかった茶色も愛らしく、思わず手に取り足を入れてみました。
上質な革は足を優しく包み、足が靴の中でゆったりリラックスしているのがわかります。
仕事に履けるわけでもないし、予算オーバーだし…と諦めようと思いましたが「これがいい!これ買って!」と足の懇願が聞こえるよう。私もその履き心地にすっかり魅せられ、その日は目的のパンプスではなくそのシューズを購入し、なんだかとても楽しい気分で家路に着いたのでした。

 

ハイヒールを履いている時は、足や膝の痛みが当たり前でしたが(形ばかりの、良い物でなかったからかもしれませんが)、その靴を履くと、歩くことがこんなに気持ちの良いことだったのかと思うほど。空気さえ美味しく感じました。

 

「いい仕事」に触れる時、素直に頭が下がります。
つくる人の手を離れてからも「いい仕事」をし続けるものに与えられる称号が「いい仕事」なのかもしれません。

 

特集 第21回 在り続けるために

心を受け継ぐ。
心で受け継ぐ。

 

NYKNews Vol.21(2010年9月掲載)

 

ふるさとに向かう車の中で、ふと母校を訪ねてみたい衝動にかられ、久しぶりに懐かしいその地を訪ねました。

 

街の景色は少し色あせたものの、ほとんど当時のまま。
しかし、女子高だった我が母校の校庭に、高校球児の声が響いていてビックリ!時代の流れで数年前に共学になり、名前も校章も校舎も新しくなっていたのでした。

 

校門の隅に建つ母校の校歌の歌碑を仰ぎ見ていると、高校時代の様々な風景が蘇り、そして、昼休みに購買で争うように購入しては、みんなでケラケラ笑いながら頬ばったあのパンが食べたい、と思いたちました。

 

パン屋さんは学校の近くにあったはず。遠い記憶をたどり車を走らせると、ありました!あの頃と同じ場所に同じ建物が。
お店に入ると、すっかり高校生にタイムスリップ。
まず一番人気のサラダパン。そうそう、この形。パタンとふたつに折ったパンにサラダがはさまれている半月型。
あっ、大好きだったチップスメロンもある…と手にとったところで視界に入ったのが「マロンクリーム」。長いことほとんど思い出すことがなかったそれを見て、錆び付いていた記憶の扉がギギギーと開き「わー、マロンクリーム!」と叫んでしまいました。
生クリームたっぷりのパンに栗の甘煮がちょこんとのっている、女子高生心をくすぐるちょっとお洒落なパン。その栗が物価高騰に連れて半分になり、そのまた半分になり、最後はかけらのようになったけれど、値段は上げないでいてくれたっけ…とそんなことまでも思い出しました。

 

少々興奮しながらあれもこれもと買い、そこからほど近い、街を一望できる小高い山に登り、パンの包みを開けました。
あの頃と少しも変わらぬ美味しさと懐かしさが口いっぱいに広がり、思わずホロッと涙がこぼれました。

 

同じ所で同じ味を守り続けるというのは、どんなに大変なことでしょう。
あれから随分長い年月がたっているのです。つくる人も替わっているかもしれません。もしかしたら、何人もの手によって受け継がれているかもしれないのに、あの頃と同じ香り、同じ味、ネーミングさえも変わらずに、そのままそこに在り続けるという尊さ。
レシピだけでは、到底守りきれるものではないでしょう。

 

青春時代そのままでいてくれたパンは「お帰り。いつでもここにいるよ」と、私をふんわり優しく包んでくれたのでした。

 

特集 第22回~第24回

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